私の主人は甘いものが嫌いだ。

コラム

甘党の私にとって、甘いものが嫌いな主人はいまひとつ理解しがたい。

一緒に美味しいスイーツを食べたいという願いも、甘い果実酒をおしゃれなグラスに注いで共に飲みたいという夢も、残念ながら日の目を見る日はなさそうだ。

その証拠にいまだって、タイピングをしながらココアを堪能している私を見る主人の目が「よくそんな甘いの飲めるね」と訴えていることを知っている。

…いや、待てよ。

そういえば主人だってココアを飲んだ日があったじゃないか。

そう、あれは確か今夜と同じように寒い冬の日のことだった。

当時仕事が忙しかった彼は、無類のお喋り好きな私ですら「ちょっと話しかけないでおこう」と思うほどに疲れていて。

無言で夕飯を食べて、そそくさとお風呂に消えていく彼の背中をただただ見守ることしかできない自分に、どこかで不甲斐なさも感じていたこともまた事実。

その日もロクに会話ができないまま、「おやすみなさい」とだけいうと私は主人に背を向けて眠りについた。

いつも背を向けないのに、その日に限って背を向けたのは疲れている彼の背中を直視するのが怖かったからかもしれない。

眠りについてからどれほど経過しただろう、トイレに行きたくなって目が覚めた私は隣で寝ているはずの主人がいないことに気づいた。

彼もまたトイレに行ったのだろうなどと考えつつ布団から這い出ると、主人はなぜかダウンライトに照らされた薄暗いリビングの椅子に腰かけていたのだ。

「どうしたの?」と、私はいまひとつ状況が呑み込めないまま主人に尋ねた。

「なんかなー、疲れちゃったんかな。ここのとこ何やっても仕事で空回りするんだよ。」

そういって笑って見せる主人の顔は、どこか曇っていて。

時計の針はもうすっかり日付変更線を超えていたけれど、そのときわたしは「いま彼の話に耳を傾かなければきっと後悔する。」ということだけは理解していた。

きっと彼は聞いてほしいのだ、ただ話を聞いてほしいのだ、そう思った。

「…よし、ココア淹れよう。」

「え?いや、もう遅いから寝ていいよ。大丈夫。」

時計を気にして私を制止する主人の声も聞かず、私はただ黙々とココアを淹れた。

そういうときはとにかく言葉として吐き出したほうが楽になる、溜め込んでいたら消化不良を起こしてしまう。

そそくさと準備を進めること数分。

テーブルの上に2つ並べられたカップからココアの優しい香りが漂い始めたころ、主人はぽつぽつと話し出した。

新しく赴任してきた上司がなかなか変わり者なこと、後輩がどうも使い物にならずに困っていること、なにをやっても裏目に出てしまうこと。

うんうんと、私はただただ彼の話をひたすら聞いた。いつも彼が私にしてくれるように。

なみなみ注がれたココアのカップが空になりそうなころ、一通り話し終えた彼の表情は明らかに違っていた。

さきほどまで曇っていた彼の顔は、どこか少し晴れ間を見つけたような顔になっていたのだ。

「ああ、これでよかったのだ」とほっとしたことを覚えている。

繰り返しとはなるが、私の主人は甘いものが嫌いだ。一緒に甘味を楽しみたいという夢が今後も叶うことはないかもしれない。

だが、それでも我が家にはいつもココアがストックしてある。

いつかなにかあったとき、私はまたリビングにカップを2つ並べるつもりだ。

その日がきてほしいような、きてほしくないような不思議な感覚と共に。

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